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刊行物のご案内 |
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司勢 2010年 特別号 2月 |
自由民主 「あきもと司」特集号 |
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二世でも、お坊ちゃんでもタレントでも有名人でも ましてやエリートでもない。 掲げる理念と行動力のみが、全て。あきもと司が政治家になるまでのストーリー |
政治家のイメージは、「政治家=ダーティ」だと思うが、ニュースになっているのはほんの一部で、まさにひたむきで真面目な世界である。
「日本を背負って生きている」という自負があるからやっているようなもので、仕事としてならば費用対効果は悪い、むしろマイナスである。
大学入学当初、学資を稼ぐために、警備員などをして昼夜を問わず力任せに働いていた。
ある日、警備の現場で人が足りなくなった。
「あんた大学生だったら人を回せないか?」と声を掛けられ、友達を3人紹介した。
すると紹介料が手に入った。
世の中の仕組みを見たような気がした。
これを商売にしよう!
若かったし、人が好きだったので回りから可愛がられ、人脈が増えると同時に仕事も増え大学一年のときから、人材紹介業を営むこととなった。
先見性が功を奏したのだろう、物凄く儲かった。
大学2年のその頃である。
取引先の社長から「衆議院議員の選挙を手伝ってほしい」と言われたのがきっかけである。
選挙事務所に、一日30人ほど人を送り込み、送り込んでいるうちに自分が取り仕切るようになった。
朝の街頭演説、ビラ配り、個人演説会場の請負、会場セッティング等など、まるで総合請負業となっていた。
いつの間にか、自分自身が中心となり選挙事務所を回していた。
学資を稼ぐために仕事をしていた筈が、その頃、大学へは働き手を探しに行っていたようなものだった。
気付いた時には、自然に学生秘書となっていた。
そして大学卒業後、在学中から起業していたので、会社員としての就職は考えなかった。
卒業と同時に、正式に秘書になった。
◆人生の転機はいつどんなことでしたか?
政治家になろうと本気で思ったとき。
政治家の家系に生まれたのではないので、政治家になる方法は全くわからなかった。
人の出会いと、がむしゃらながんばりを認められ秘書になった。
ある程度道が出来たとき、政治家を目指そうと本気で思った。
まず10年間は秘書として必死に頑張っていこう!と決意。
必死にやったあとに、それなりの思いをもって事を起こしたい。
それが無いのなら、それが出来ないのなら、自分の能力不足である。
そう思って、がむしゃらに連続で目の前にある目標をこなしてきた。
自分は常に、時間軸をつくることを心がけている。
10年後の目標が決まったら8年後、5年後、3年後は、何をするのかを考える。
そして今、何をするのか?
更に、何事にも期限をつける。
仕事をする上でそれが一番大事なことで、それがないとだらだらと時間が過ぎるだけである。
目標を定めて、大変だけれど、達成した人間だけが到達できるステップがある。
次の段階には、また更なるステップがある。
自分自身でやらないと流されてしまう。
「流されちゃいかん!」
◆挫折は?どうやって乗り越えたのですか?
32で国会議員になり、今は37歳。 (掲載当時)
ピンチをチャンスに変える。
「生きているという事はING」である。
そうやって成長していくのだ。
30代なんか挫折する年齢じゃない。
人生に挫折なんかない。
失敗したら分析して、次は絶対しない。
二度と繰り返さない。
常にモチベーションを高く!いかに保てるか。
そして、明日は今日より上がるんだ!
今日が底だ。
「これより下はない。」
そう自分に言い聞かせる。
自分が本気で思うことが大事。
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